『ものがたりいちば』

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「ヒトラーの忘れ物」の感想


だから戦争は嫌なんだよ!! 地雷除去作業とか絶対やりたくねぇ……。

 

 

今回ご紹介するのは「ヒトラーの忘れ物」です。

 

2016年日本公開映画。デンマーク制作。監督マーチン・サントフリート。(wikipedia準拠)

 

ではさっそく3つの観点からおすすめ度を提示していきます……。


・本当はおすすめしたくない度☆☆☆☆★
・「彼らはまだ子供だ!」「だがドイツ兵だ!」のパワーワードどっちが正しいかわからない度☆☆☆☆☆

 

1945年ドイツ第三帝国総統のヒトラーが自殺し、ドイツ軍は連合国軍に降伏します。デンマークに駐留していたドイツ軍も捕虜となります。


大量のドイツ敗残兵が徒歩で移動しています。

そこに通りかかったデンマーク軍の軍曹が、ドイツ兵が持っていたあるものを見つけて激怒、殴りかかります。デンマーク国旗です。邪悪なナチ野郎が祖国の国旗を持っていることがこの軍曹には許しがたい罪悪だったのです。


軍曹は馬乗りになってそのドイツ兵をめちゃくちゃに暴行します。ドイツ兵無抵抗です。ただデンマーク国旗をもって歩いてただけです。

正直、ドン引きです。

ちなみにこの時代でも捕虜の虐待はジュネーブ条約で禁止されていました。


しかし相手はナチスドイツです。

人類史上に残るほどの悪行をやり尽くした、生きる資格のない邪悪な生物です。同情なんかだれもしない、そういう状況だったのです。

 

さて、この軍曹は連合軍の指揮官からある指令を受け取ります。
それは、ドイツ軍がデンマーク占領中に海岸線に敷設した地雷の除去任務です。
さっそく任地に赴任した軍曹。家屋もまばらで浜辺ののどかな農村です。
一見平和なビーチにも数千個の地雷が埋められているのです。
数えきれないほどの地雷をわずかな人数で除去しなければならない。しかも連合国軍指令部からはかなりきつい時限ノルマを課されています。

ほぼ無理ゲーです。


軍曹の部下として割り当てられた人員にも問題がありました。
なんと、軍曹に割り当てられた部隊員は十数名という少なさ、さらに彼らは全員がドイツ軍捕虜の未成年、つまり少年兵だったのです。


連合国軍からすれば「てめえらでぶちまけたクソはてめえらで処理しろ!」という気持ちだったのでしょうが……。


たしかにせっかくがんばって勝利したのに、戦後処理で手を吹っ飛ばされたり死んだりする作業を自分たちではやりたくないでしょう。

また、相手は邪悪なナチスドイツの残党です。

国際法など気にする必要などあるはずがありません。なぜなら、人権無視をやりたい放題やってきた連中なのですから。


戦争末期のドイツでは兵員の消耗が激しく、徴兵年齢が15歳にまで引き下げられました。つまり、ろくな知識も経験もない、ただの子供を率いて危険極まりない地雷除去作業を成功させろ、という無茶な命令を軍曹は受けてしまったのです。


この少年兵たちは、ビーチの地雷除去が終わればドイツに帰還させてやるという約束を司令部から受けています。

 

地雷除去作業は困難を極めます。

なぜなら、少年兵たちはろくに食料も与えられていません。これはどうも連合国軍司令部の方針だったようです。
疲弊している彼らは、作業中にミスを犯しまくって、つぎつぎと負傷、死亡していきます。
現代なら中学生や高校生ぐらいの少年たちが、です……。

 

最初のうち軍曹は、彼らに冷たくあたります。悪魔の子供たちですから。任務の遂行のことしか考えません。
食料を配給してほしいという訴えにも耳を貸しません。
ですが、やはり軍曹も人間です。何日も作業を指揮するうちに、情がわいてきます。

 

年端もいかない子供たちが、食料不足のために体調を崩し、そのせいで作業をミスして両手を失う大怪我を負ったり、ミンチ肉となって即死するのを目の当たりにすれば、心も揺らぎます。


そこで待遇改善を司令部に訴えますが、英軍の将校はまったく取り合いません。
全員死んだってかまわない。捕虜は山ほどいるから、補充はすぐに送る。だが、食料はあげない。聞く耳もたぬというスタンスです。


軍曹は司令部から勝手に食料を持ち帰ります。大量のパンやチーズです。少年兵たちはとても喜びます。そして、軍曹と心の交流がはじまります。
良好な関係となった除去部隊の作業効率はあがり、安全地帯も増えていきます。
休日も設けられることになり、サッカーなどして遊んだりもします。

ところが……。


安全地帯になったはずの場所で、軍曹の飼い犬が地雷で爆死してしまいます。
これには仏と化していた軍曹は大激怒、鬼軍曹に戻ってしまいます。

 

いろいろありましたが、結局軍曹と少年兵たちは良好な関係を取り戻します。
十数名いた少年兵たちもほとんど死に、数名しかいませんが、ついに浜辺にある地雷の全除去任務を完了したのです!
これで祖国に帰れる!と少年兵たちは喜び、軍曹も祝福します。
しかし、司令部からは無情な命令がきます。


「他の浜辺に送り込んで除去作業させろ」


地獄の作業を乗り切った少年兵たちは、すでに経験豊富な工兵である、というのが司令部の見解でした。
軍曹は悩みます。任務が終われば祖国に帰すと約束したのに……。
軍曹は司令部に乗り込み、司令官と議論します。

 

そこで冒頭のやりとりが発生するのです。
「彼らはまだ子供だ! 約束通り母親のもとに帰してやるべきだ!」
「だが、やつらはドイツ兵だ!」

どちらの言葉も非常にパワーを持った言葉です。


子供に罪はない。

彼らが戦争を起こしたわけでもなければ、ナチス党への投票権もなかった。

彼らは親世代が犯した過ちのせいで、徴兵され、飢えに悩まされながら危険な任務を遂行したのです。祖国に帰るために。母のもとに帰るために。
その約束を反故にすることは人道的に許されないという軍曹の主張はもっともです。


一方の英軍司令官の言葉にも論理的パワーがあります。
ドイツ人は、女子供も容赦なく虐殺してきたのです。その最たるものがユダヤ人に対する絶滅作戦でした。
終戦時にはこの悪行が連合国にも知れ渡っていたので、ドイツ人に同情するヨーロッパ人は皆無だったのでしょう。
あれだけ悲惨でかわいそうな地雷除去作業を見てきたわたしにも、どちらの言い分が正しいのかわかりませんでした……

 

結局、生き残った少年兵たちは次の任地に送還されてしまいます。
しかし、そこで軍曹が動きます。
輸送トラックを誤誘導して、ドイツ国境に導きます。
そして、少年兵たちに告げます。
「母のもとへ帰れ」
少年兵たちは戸惑いながらも国境までの数百メートルを疾走します。そこで映画は終わり。


正直無理やりいい話エンドにもっていった感はあります。
このラストは、複数の国家が陸続きの大陸ならではだなぁと思いました。
島国だとこうはいきませんからね。満州で捕虜になった日本兵が解放されても海を越えなきゃ帰れないので、どうしようもないよなぁとか。
ちなみにこの軍曹、たぶんこのあとかなりやばいことになると思います。
司令部の命令を無視して敵の捕虜を逃がしたとなると、よくて銃殺刑でしょう。
でも、軍曹は命令に従うべき兵士として生きるよりも、己の倫理観に従ってそうしたのです。

 

なぜ、ナチスドイツがあれほどの虐殺を遂行できたのか?
所説ありますが「ユダヤ人問題の最終的解決(ホロコースト)」任務についていたドイツ人の多くはとくにユダヤ人への憎悪がなかったとされています。

彼らはただ、上官の命令に従っただけなのです。真面目に、仕事を、がんばった。ただそれだけなのです。


有名なアウシュビッツ強制収容所に代表される、絶滅収容所をつくるという立案・計画遂行をしたアドルフ・アイヒマンというナチス親衛隊中佐は、戦後の裁判で「上官に命令されたからやった」というような趣旨の答弁を繰り返し、ユダヤ人への思想的な嫌悪はなかったと証言しました。

傍聴していたユダヤ人たちの多くは責任逃れの嘘だときめつけましたが、アイヒマンは命令だからやったの一点張り。


そのうちどうもこいつの言ってることは本心なんじゃないか? という風潮が広まっていきます。
数百万人を虐殺するという悪いことをやったんだから、歪んだ邪悪な憎悪を抱いた悪魔じゃないと理解できない!

そうあって欲しい。

こいつが同じ人間なんて耐えられない。

なんでかって、一歩道を踏み外せば、善良なはずの自分が悪魔になってしまうかもしれないから……。そう思った人々は、アイヒマンがただ命令に忠実なだけの凡庸な人間という説に大反発したそうです。


真面目に、与えられた仕事を、がんばる。
それが絶対の正義だとは思うべきじゃない。

 

新型コロナの時代である現代でもそういう側面が見え隠れしていますよね?
生きるために営業している飲食店(通称夜の街)に嫌がらせをする自粛警察とか、クラスターがまったく発生していないパチンコ店をやり玉にあげるとか、そのへんは小池都知事が「積極的に迫害しろよ!」みたいなノリでスケープゴートにしていったんだと思います。

だれだよ、こいつをリーダーに選んだアホどもは!?

はい、わたしたちです。

ヒトラーに政権を握らせたのはドイツ国民の民意だったのですから。


だからこそ、いま、わたしは思います。ナチスの上官は怖いですが、どの時代でも上の人に盲信するのは危険なことだと思います。


ドイツ兵は憎い。だが、彼らはただの少年だ。

そうやって柔軟に考え直し、自らの意思で彼らを逃がした勇気ある軍曹の決断に敬意を表したいと思います。